ツバキ文具店

先日、ツバキ文具店というドラマをネットで視聴した。

NHKで少し前に放送されていたドラマのようだ。

主役は多部未華子。

私は、「怪しい彼女」という映画を見て以来、演技力の高さに感動し、彼女のファンである。

しかもお祖母さん役は、倍賞美津子。

まるで映画のようだ。と思わず、笑ってしまいそうになった。

このドラマは、亡き祖母に変わって、「代書屋」という職業を継ぐ主人公と彼女を取り囲む人達の人間模様を描く物語。

私は、「代書屋」という仕事があることをここで知った。

辞書によると、代書屋とは、文字などがうまく書けない人たちに代わって、手紙などの文書を書いてあげる職業らしい。

この仕事から、専門的な文書の代書が生まれ、いまの司法書士や行政書士に発展したようだ。私も補助金申請や事業計画書作成などで似たような仕事をしているなと感じた。

要は代書屋とは単に誰かの代わりに手紙などの文書を書いてやることなのだな。私はそう思っていた。

ところがだ。

ドラマをみていると、それが間違いであることに気づく。

当然手書きなので字の奇麗さは当たり前。書く内容が適切であるかもプロとして当たり前。そのためにヒアリングだけでなく、時にはクライアントの家に行き、本当は何を伝えたいのかを探る。そこまでは、わかる。

しかし、書く紙の素材は?筆は何を使って書くのか?時には切手等にもこだわる。言われてみれば当然かもしれないが、ここまでの心配りとプロ意識に、正直凄いなと思った。

誰かの代わりに伝えるということは、その誰かのその時の心情になりきること。それは単に文字だけではない。

深いなあと思いつつ、自分はまだまだだなと思った。

自分の仕事であれば、もっと何かすべきことはないか?をつい考えさせられてしまう。

最近は文字を書かなくとも、パソコンで文字を打ち印刷すれば、手紙も作れる時代。

そんな中でこのドラマはすごく温かみがあり、つい涙ぐんでしまうことも。

ますます、多部未華子が好きになりそうである。

 

吉野家のハムエッグ定食

久しぶりに吉野家で朝食した。

それは「ハムエッグ」の文字が目に入ったからだ。

吉野家は以前、朝食でハムエッグ定食を出していたが、ここ最近はメニューから消えていた。

店に入り、席に座り、早速、ハムエッグ定食を注文。

しばらくして運ばれたハムエッグ定食は以前のものとは違うのが、すぐにわかった。

というのは、以前は皿に盛りつけられたものであったが、いま運ばれてきたハムエッグは小さなフライパンの中に入っており、こちらのほうがなんとなく温かみがあるようにみえてよいと思った。

これまでも恐らく、ハムエッグ定食は朝食メニューとしては人気が高かったと思う。それを何で外さなければならなかったのか、それが何で今回復活できたのか想像してみた。

まず考えられるのは、人手不足。

飲食業は全体的に人手不足で吉野家も例外ではないはずだ。

吉野家のオペレーションではハムエッグは案外、手間がかかるのではないか?

あれば、ある程度売上を見込めるだろうが、人手不足とその手間がネックになったのかもしれない。

ところが、小さなフライパンで調理をし、そのまま提供する方法に変えたことで、いわゆる生産性の向上を実現したのではないかと思う。

例えば、皿を準備する手間、皿に野菜を盛り付ける手間、フライパンから皿に料理を移す手間、皿を洗う手間、また皿に料理を移す時に半熟の卵の黄身がつぶれるリスクや料理を床に落とすなどのリスクも回避できる。また手間が省ける分だけ一人当たりの作業性は上がる。また洗いものも減るので、水道代の削減にもつながる。まだまだ、あるかもしれない。

これにより、1日当たりでは、わずかなコスト削減かもしれないが、日々を積み重ねれば馬鹿にならないコストが削減できる。また吉野家の店舗数からすれば、莫大な金額になるに違いないと思う。

一方で、人気メニューの復活による売上増も見込める。

つまり労働生産性が上がる。

気のせいか、一時期よりもここで朝食を食べる人も増えたような気がしている。

生産性向上が問われている時代、自社であればどのようなことが考えられるだろうか考えてみたい。

 

あるラーメン屋での出来事

あるラーメン屋に入った。

食券を買って席に着いた。

オーダーしたのは、煮卵入りラーメン。

店の中はランチのピークを過ぎていたためか、お客さんはまばら。

店員がお水をだし、オーダーを確認。

しばらく待つと、ラーメンが運ばれてきた。

ところが、運ばれてきたものには煮卵が入っていない。

「暇なのにオーダー確認しろよ。」と一瞬思うが、人がやることだからミスもあるだろう。だから、そんなことは口には出さない。

私がすかさず、「あのお、煮卵がはいっていないようですけど・・」と声をかけると、

店員は「申し訳ありません。煮卵入りでしたね。」といって、料理は一旦下げられた。

そして、煮卵をいれて再び運ばれてきた。

その時は、店員がとった行動にあまり違和感はなかったが、ふとそれが正しかったのか?と疑問がでてきた。

というのは、麺がのびていたからだ。

確かに店員がとった行動は間違いではない。

しかし、お店は常にベストの状態で料理を提供するように心掛けなければならない。

それが飲食店の使命ではないかと思っている。

そうなると、違う方法はなかったのか考える。

勿論、オーダー確認ミスがそもそも論外!という声もあるだろうが、その話は置いておく。

例えば、作り直すという方法もあっただろう。お客が急いでいるかを確認して、判断するという方法が一番良いのかもしれない。

店員「お客様申し訳ありません。すぐに作り直しいたします。」

客「そこまでしなくていいよ。」

店員「いえ、いえ、当店はお客様に常に最高の状態で食べていただきたいので。そうさせてください。」

客「それは有難う。でも急いでいるからいいよ。」

店員「そうなんですね。申し訳ありません。それでは煮卵だけお持ちしてよろしいでしょうか?それとも煮卵の分のお金を返金させていただきましましょうか?」

客「うん。そうだね。煮卵をもってきてもらえればいいよ。」

もし、こんな会話が成り立てば、どうであろうか?

少なくとも顧客は悪い気はしないと思う。

良くも悪くもアクシデントは人と人の距離を縮める。

だからクレームが、ある意味、ファンになってもらうチャンスということも、よくわかる。

良いほうに縮まるのか、悪いほうに縮まるのかは、対応次第。

要は、人は誰でも間違える。しかし間違えたことにフォーカスするのではなく、その後どうするのかが最も重要なことではないだろうかと思う。